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牛丼レシピで紐解くAI経済学

2026.06.18

AIコストと使い所

夜、台所でAIに牛丼の作り方を聞いてみた。
数秒で、破綻のないレシピが出てきた。

玉ねぎは繊維に沿って切る。
つゆは煮立たせすぎない。
妙に丁寧で、ちゃんと美味しそうだった。

ただ、レシピを読みながら、つい考えてしまった。
「この一杯ぶんの回答に、いくらかかったんだろう。」

レシピサイトを開けば、同じような答えが無料で読める。
誰かが一度書いたものを、何万人もが使い回しているからだ。

AIに聞けば、毎回その場で生成されるのは、便利だ。

でも、生成のたびに計算が走る。
計算が走るということは、どこかで電力が使われ、GPUが動き、推論のコストが発生している。

毎回作るか。
一度作って、使い回すか。

台所のこの小さな問いの中に、AI時代の経済の構造がかなり詰まっている気がした。
2本目で書いた「7 Field Map」で言えば、これは流れの話だ。

AIによって何が安くなり、何が高く残るのか。
どんな構造のビジネスモデルが生き残り、どんな構造だと苦しくなるのか。
どんな一次情報・源泉が、これから価値を持つのか。を今回は紐解いていく。

SaaSは、結晶化された知性だ

そもそも、レシピサイトの正体は何だろう。
僕は、誰かが一度考えた結果を、何度でも安く使い回せる形にしたものだと思っている。
これは、SaaS型業務システムの価値にかなり近い。

会計ソフトは、会計士の判断を定型化したもの。
予約システムは、受付の仕事を定型化したもの。
CMSは、Webサイトを更新する作業を定型化したものだ。

SaaSと呼ばれているものの正体は、多くの場合これに近い。
もちろん、SaaSという言葉は広い。
Gmailも、Notionも、Netflixも、提供方式としてはSaaSと言える。
だから「AIでSaaSは死ぬのか」という問いは、主語が少し大きすぎる。

SmartHR CEOの芹澤さんも、Real SmartHRの記事「AIでSaaSは死なないし、業務システムをAIで内製化してはいけない」で、この点を指摘している。
今回論点として扱うのは、SaaS全般ではなく、SaaS型業務システムだ。

では、SaaS型業務システムの正体は何か。
僕の答えは「検証された知性の結晶」だ。

単なる知の集合体ではない。
多くの会社で使われ、例外にぶつかり、法制度の変更に追随し、不具合を直し、権限管理や監査ログを磨いてきた知性だ。
つまり、SaaS型業務システムは、生成された知性ではなく、検証され続けてきた知性の結晶なのである。

SaaS型業務システムは結晶化した知性
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そして、結晶化されているのは機能だけではない。
運用、権限管理、監査ログ、セキュリティ、コンプライアンス、法制度への追随、サポートなど、多くの会社が同じ失敗を繰り返さないためのベストプラクティス。

こうしたものまで含めて、業務システムの価値は成り立っている。
AIを使えば、動くものはかなり速く作れる。
でも、動くものを作ることと、長く使える業務システムをメンテナンスし続けることは大きなGapがある。

ここを見誤ると、月額費用を避けたつもりが、運用、保守、リスク対応、属人化のコストを自分たちで抱えることになる。
SaaS型業務システムにお金を払うということは、単に機能を買っているだけではない。

計算機の世界には、「毎回計算するか。一度計算して、覚えておくか。」という問いがある。
覚えておくほうが、たいていの場合は安い。

ソフトウェア産業は、この原理の上に立ってきた。
そしてAIは、この結晶化のスピードを桁違いに上げようとしている。

タダにはならない。電気のように。

生成単価の下落は激しいので、コストが下がっていくのは周知の事実だが、ゼロにはならない。
2026年のある分析では、2020年から2026年にかけて、LLM推論市場のトークン価格は約600分の1まで下がったとされている。

生成は、タダになるというより、電気に近づいていくのではないか。と僕は推測している。

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電気も、長い時間をかけて劇的に安くなった。
安くなったことで、あらゆる産業の前提になった。

でも、ゼロにはなっていない。
家庭でも、電気代は無視できない。
工場やデータセンターの規模になれば、今も経営を左右するコスト項目であり続けている。

AIの生成コストも、同じ道筋をたどるのではないかと思う。
安くはなるがゼロにはならず、密度・質の高いものは逆により高くもなると思う。

ゼロにならないから、そこには経済が残る。

毎回生成する or 構造化する
保存する or 捨てる
構造化し、保存し再配布するのであれば、誰が検証し、責任を持つのか。

この設計の差が、事業の差になる。

AIの時代は蓄積の時代でもある

もし生成が本当にタダなら、使い回す理由は消える。
レシピサイトも、テンプレートも、SaaSも要らない。
必要なものを、必要な瞬間に、毎回ゼロから作ればいいからだ。

でも、タダにはならない。という前提に立つと、構造化して使い回すことの経済合理性は消えない。
電気代を払う工場が、省エネの工夫をやめないのと同じだ。

それどころか、AIが結晶化のスピードを上げるぶん、定型化できる知は、かつてないペースで資産に変わっていく。

AIの時代は、生成だけの時代ではない。
一度作ったものを構造化して、磨いて、使い回す。
蓄積の時代でもある。

作ること自体が安くなる時代は、磨くことの価値が消える時代ではない。
むしろ、磨いたものが資産として残りやすくなる時代でもある。

1本目で書いた「源泉であれ」という話も、ここにつながる。
誰かが責任を持って置いた一次情報が重要で、何度も検証され、磨かれてきた知が必要になる。

安くなるほど、人はもっと使う

では、定型化が進めば、AIに聞く回数は減っていくのだろうか。

経済学に、ジェヴォンズのパラドックスという考え方がある。
資源を使う効率が上がると、消費は減るどころか、増えることがある。
電気もそうで、安くなるたびに、人類は電気の新しい使い道を見つけてきた。

牛丼の話に戻すが、「牛丼の作り方」のような定型の問いは、これからどんどん資産化されていく。
でも、現実の台所で生まれる問いは、もっと細かい。

たとえば、こういう問いだ。

冷蔵庫に牛肉はなくて、牛ひき肉だけ。玉ねぎは半分。めんつゆは切らしている。それでも15分で、牛丼っぽい何かを作りたい。どうする?

この問いを、事前にすべて用意するのは大変だ。
定型の問いには、数に限りがあるが、文脈の問いには、終わりがない。
定型は資産になるが、一方で文脈は生成され続ける。

だから、生成の需要は減るどころか膨張していく。
AIによってなくなるのは、「作ること」そのものではない。
作ることの単価が下がることで、今まで作られなかったものまで作られるようになる。

7 Feild Mapで言えば、これは流れだ。
どの仕事が無くなるのかだけを見ると、見誤るので、どの需要が新しく膨らむのかも合わせて見る。
そのうえでどこで勝負するのか見極める必要がある。

AIが変える、参照の力学

この変化を手放しでは喜べない人たちがいる。
AIが直接答えるようになると、人間が源泉のページを訪れる回数は減っていくからだ。

Pew Research Centerの調査では、Google検索でAI要約が出た場合、通常の検索結果リンクをクリックしたユーザーは8%だった。
AI要約が出ない場合は15%。
さらに、AI要約内で引用されたリンクをクリックした割合は1%にとどまっている。

Reuters Instituteの2026年レポートでも、Chartbeatのデータとして、2,500以上のニュースサイトにおけるGoogle検索流入が1年で33%減ったことが紹介されている。

いわゆる「Webの死」と呼ばれている現象だ。
でも、僕はこの見立ては半分しか正しくないと思っている。
死につつあるのは、Webそのものではない。

先に弱っているのは、人間がページに来て、閲覧し、滞在することを広告収益に換えてきたモデルだ。
このモデルは、人間の訪問だけが収益の入り口になっている。

AIによる参照では広告は表示されない。
だから、どれだけ引用されても収益につながりにくい。
探索がAIに移るほど、このモデルから先に細っていく。

一方で、参照されるほど富む側もいる。
分かりやすいのは、参照の先に、そこでしか実行できない行為を持つ事業者だ。
予約、購買、申請、問い合わせや契約など、AIがどれだけ賢く答えても、最後の取引はその場所でしか起こせない。

行政も、実は同じ側にいる。
制度や手続きが正確に引用されるほど、窓口の電話と説明の労働が減っていく。
正確に参照される状態は、休まず働ける案内係を置いているのに近い。

レビューや投稿が毎日書き足されていく、コミュニティ型のプラットフォームもそうだ。
参照されるほど人が集まり、検証のデータがまた積み上がっていく。

そしてもう一つ。
AIの答えを読んだあとに、人間が自分からその名前を検索したくなる。
そんな、指名検索される強いブランド。

同じAIが、特定のビジネスモデルを細くし、回収ルートがあるもの、源泉をより強くする。

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参照の先に、回収ルートはあるか

お金で還る型から、コストの圧縮で還る型まで、回収にはいくつもの型がある。

リターン

課金型

参照への対価

ライセンス契約、データ提供契約

CV型

取引

予約、購買、申請、問い合わせ

信用転換型

商談、指名、採用

B2Bの発信、個人の発信、採用広報

コスト圧縮型

発生しなかったコスト

行政の窓口対応削減、FAQ、サポート削減

リスク回避型

防がれた損害

IR情報、医療情報、災害情報、法務情報

使命達成型

目的の達成そのもの

公衆衛生機関、標準化団体、教育機関

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閲覧広告型のメディアやプラットフォームは、この回収ルートが弱い。
だからダメージが大きい。
逆に、AIに参照されたあとに取引、信用、指名、コスト削減、リスク回避、使命達成へつながる設計を持っている事業は、AI時代にも一次情報・源泉として残りやすい。

これは、7 Field Mapでいうの話だ。

AIに参照されることが、自社のどんなPowerに変わるのか。
ブランド、スイッチングコスト、ネットワーク効果、価値の高いデータ、プロセスの強さなど、どれなのか。を把握し設計することが重要だ。

たとえばRedditの例は分かりやすい。
AIにとって、Redditの価値は単なる記事数ではない。
日々増え続ける人間同士の会話、悩み、レビュー、比較、失敗談の集合体だ。

GoogleやOpenAIとのデータ提供・提携が報じられているように、AIが強くなるほど、Redditの会話データは学習や検索に使える資産として価値を持つ。
ユーザーが投稿するほどデータが増え、データが増えるほどAI時代の参照価値が高まり、その価値がまたプラットフォームの力になる。

これは、ネットワーク効果と価値の高いデータが、AIによって強まる例だと思う。
参照されるだけでなく、参照された価値が、自分に戻ってくる道を作らなければいけない。

価値が減りづらいものは何か

ここまでをまとめると、生成は安くなり続ける。
構造化は加速し、生成の需要も増える。

では、その前提の上で、価値が減りづらいものは何か。
検証・根拠・責任だ。(本記事ではまとめて検証と呼ぶ)

生成は、機械が肩代わりできる。
でも「確かめる」は、人間が現実と突き合わせるしかない。
作るのは一瞬で、確かめるのは大変で、手間なのだ。
この非対称は、AIがどれだけ進歩しても消えにくい気がしている。

僕はレシピサイトの本当の資産を、レシピ本文だけだとは思っていない。
「作りました」のレポート1万件。
実際に作って、食べて、確かめた1万人分の履歴。
そちらのほうが、ずっと真似しづらい。

価値は、生成から検証へ移っていく。
ただ、検証の重要性は、間違えたときの損害の大きさ、リスクのサイズに比例することも頭に入れておかなくてはいけない。
牛丼レシピを外しても、夕飯が少しまずいだけだ。

個人でSaaSが作れるバンザイ!と言う一方で、市場が大きければ大きいほど、背負うリスクが大きいことを忘れてはいけない。
薬の飲み合わせを外せば、命に関わるし、契約書を外せば、会社が傾く。
災害情報を外せば、逃げ遅れる人が出てこれも命に関わる。

失敗ができないモノほど、リスクが高いものほど、人は検証にお金を払うようになる。
生成の単価が電気のように下がるなら、相対的に、価値の傾きは年々、リスクの高い検証の側へ倒れていく。

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生成できないものほど、資産になる

生成は、タダにならなず、電気のようなインフラコストになる。
ゼロにならないから、構造化と蓄積は加速する。
安くなるから、生成の需要はむしろ増える。

人間の滞在を広告に換えるモデルから細り、回収のルートを持つ源泉が強くなる。
そして、賭け金の大きい領域から順に、価値は検証へと傾いていく。

そして、もう一つ、見落としたくない回収ルートがある。
それは、指名だ。
AIの答えが便利になるほど、人は多くの情報をAIの中で済ませるようになる。

そのとき、最後に検索される名前、比較される名前、問い合わせされる名前は限られていく。
「どこでもよい情報」はAIの中で消費される。

でも、「あの会社に聞きたい」「あの人の見方を読みたい」「このブランドで買いたい」と思われるものは、AIの答えの外側でも選ばれる。
だから、AI時代のブランドは、単なる認知ではなく、AIの答えの先で指名される力になる。

すぐに生成できないものほど、資産になる。ということだ。
機械がいくらでも作れるものは、安くなっていく。

もし自分の事業をこの話に当てはめてみるなら、確認すべきことは3つだと思う。

  1. 自分たちの情報は、AIに参照されたとき、回収ルートを持っているか。

  2. 自分たちの領域の請け負っているリスクはどれくらいか。(検証が問われる場所なのか。)

  3. AIの答えの先に、指名されるブランドを持っているか。

生成できるものが増えるほど、確かめられたもの、責任を持って置かれたもの、自分にしか背負えないものの価値はより濃く残る。
生成はタダにならないので、検証の価値は高まる。
そこにブランドが乗ればより強くなる。

だからこそ、一次情報・源泉を持ち、市場に対して存在を示し続けていくほかない。

補注: 本稿について

本稿は、筆者自身の経験、公開情報、事業上の観測をもとに執筆しています。主に以下を参照しました。

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Yasu Yoshioka

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1994年福岡生まれ。上場企業や自治体を中心にWebサイト構築500件超、事業立ち上げ20件超を経て、個人ブログとして「TheSource」を運営しています。

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